創薬をめぐるドラマで、問題設定と解決について考える。
今日は、コンサルタントをさせていただいたある創薬企業をモチーフにして、問題設定と解決について考えていきたいと思います。
問題が難しくて答えが出せないとプロジェクトは進まないし、簡単すぎると他社との競合が増えます。
その答えが妥当という確信を持てたときにプロジェクトは爆発的に進みます。
ある中堅創薬企業V社の創薬部長をコンサルタントしたときに、興味あるお話をお聞きしました。
話の展開は、
①創薬ターゲットでは薬の種となる化合物が見つからないとプロジェクトは進まない。
②同種の競合化合物が出たときにプロジェクトが爆発的に進んだ。
③化合物は臨床試験に進んだが。。。
となります。
①創薬ターゲットでは薬の種となる化合物が見つからないとプロジェクトは進まない。
V社では、創薬ターゲットを決定すると各研究所からプロジェクトにメンバーが割り当てられます。
各研究所は、
<1>薬の種となる化合物を合成する合成部門
<2>薬の効き目を測定する薬効部門
<3>化合物の体内への吸収と分解のしやすさを測定する代謝部門
<4>化合物の毒性量を測定する毒性部門
からなります。
ターゲットはある免疫疾患だったそうで、プロジェクトがスタートしました。
V社では、社内に100万種類の化合物を持っているそうなのですが、薬効部門ではロボットを使って1週間でこの化合物がターゲットに効くかどうか試験管レベルの実験で判別できるそうです。
この結果、有望と思われたのは、たったの3種類だったそうです。
合成部門の人がこの3種類を調べます。一つは、ありふれた化合物で特許がとれそうにないので、早々に没。もう一つはよくわからない化合物なので、没だそうです。
最後に残ったのが、製薬企業のT社が特許を出している類似化合物でした。
私からすれば、よくわからない化合物がオリジナリティがあって良いと考えたのですが、実際は他社特許でも化合物情報のある方が良いとのことです。
V社の創薬部長は続けて話します。
「化合物のヒントが少なければ、合成チームは動けないんだよね。」
それで、他社特許をもとに、合成部門でターゲットの化合物が作られ始めました。
この1件で私は、問題を解くにはヒントがいっぱいある方が良いというのが、現実組織での問題設定とその解決のためのカギになるのだと強く感じました。
まったくヒントがないというのも、良くないというものでした。
それは、オリジナリティを重んじる製薬企業においてもです。
「自社特許化合物の創生」
プロジェクトでは合成部門の人が、効く化合物からよく似た化合物を合成していき、薬効部門で効くか測定してもらいます。
合成した化合物が200種類を超えたあたりから、自社で特許をとれる化合物を見出せるようになったといいます。
それぐらいから、合成部門の人たちのモチベーションが高くなります。
しかし、ラットに経口投与するところから、苦難が始まります。ラットでは全く効きません。
ラット体内に吸収されないのです。また、吸収されても直ぐに肝臓で分解されるそうです。
合成部門の人のチャレンジが続きます。
いろんな文献を読み込んで吸収されやすい類似化合物を作ります。それは手探りでしか分からないそうです。
コンピュータでも効く効かないのシミレーションできるのですが、ほとんどハズレますので役に立ちません。
「吸収される化合物を見出す」
試験管レベルで良く効く化合物を10種類をそれぞれラットに投与したのですが、そのうちの1つが吸収されて、よく効くことが分かりました。
その1つを元にして、合成部門は頑張って類似の化合物を作ります。しかし、すべての類似化合物が良く吸収されるのですが、肝臓で分解されて薬効の持続性が短いものばかりです。
新たな試練が待っているのでした。
薬効部門では、朝晩の2回投与で十分に効くように化合物の合格基準を上げました。
合成部門ではさらに化合物の類似化合物をたくさん作り、試行錯誤を繰り返します。ここまでプロジェクトのスタートから2年が過ぎました。
各研究部門が有機的に繋がって来ました。
②同種の競合化合物が出たときにプロジェクトが爆発的に進んだ。
そうしているうちに他社のT社から同じターゲットで競合化合物が臨床試験に進みました。V社経営陣は創薬部長にそのプロジェクトを進捗させるように発破をかけます。
こちらはまだ、ラットに効かすことができたレベルです。T社は臨床試験に進んでいますので、V社は2~3年遅れています。
最近、V社では薬効でラットで持続性のある化合物が見出されて来ました。その効き具合から、競合T社は1日3回投与ですが、V社のは1日2回投与でいけそうです。
プロジェクトのみんながT社に勝てると確信しました。
確信は自信に繋がりプロジェクトは一気に爆発的に進みます。
プロジェクトが発足してから3000種類の化合物が作られていました。確実に効いて、吸収が良く、薬効の持続性が長い化合物が仕上がってきました。
「毒性量と薬効量の差が3倍しかない」
ある時、毒性部門から残念な情報が上がります。
毒性部門:「薬効量の3倍量で毒性所見が現れ始めます。このままでは、薬にできません。最低でも10倍で、20倍以上は開いて欲しい。」
合成部門長は、肝の座った人で「あぁ、分かった。一からやり直しやな。」と言って早々に会議室を後にし、合成部門に引き上げたそうです。
「確実に効いて、吸収が良く、薬効の持続性が長く、毒性量と薬効量が10倍以上」とどんどん合格基準が上がってきます。
プロジェクトが発足して、5000種類の化合物が合成されました。
半年ごとに薬効が2倍ずつ上がっていきました。合成部門が頑張ってターゲットにぴったりとはまる化合物を合成でき始めました。
少ない量で効くので、毒性量と薬効量の差が10倍を超え始めました。安全な薬に必要な条件を満たし始めました。
また、薬効が効く時間も長くなってきました。
そうして、5000種類のうちの3種類の化合物が、臨床試験に進めることができる基準を満たしました。
最終的に臨床試験で進んでいるT社の化合物とも比較されました。
その結果、その3種類のうち、2種類がT社の化合物より優れていました。
そのうち1化合物が、合成の段階が少なくて、商業生産に適しているため、その化合物が臨床試験の候補化合物として選択されました。
開発番号は、V-5903と開発会議でコードネームが付けられました。
プロジェクト開始から5903番目の化合物です。
③化合物は臨床試験に進んだが。。。
V-5903はヨーロッパのある国でフェーズ1の臨床試験が開始されました。
先行するT社の化合物はフェーズ2で少数の患者さんに投与されて治療効果をみています。しかし、半年後にT社の化合物は開発を止めてしまいます。
V-5903は、フェーズ1の臨床試験を開始しました。V社の研究陣が手塩にかけた化合物ですので、フェーズ1で毒性の問題なんかでストップするはずがありませんでした。
創薬部長は鼻高々です。
1年後にフェーズ2に上がりました。それで、V-5903を少数の患者さんに投与したのですが、現存する治療薬よりも効果が出ませんでした。
その後、V-5903は臨床試験がストップとなり、なんとも残念な結果となってしまいました。 先のT社の化合物も恐らく、効かなかったのだろうと推察されました。
このターゲットを選んだ会社は、すべからくそうなると予想されました。
何とも言えない結末となってしまいました。
まとめ
私は0から1を生み出すような製薬会社では、才能が溢れた人達が活躍しているのかと考えていました。
いかんせんV社の創薬部長が言うには「0からは何も生み出せないので、0.001でもいいのでヒントや足場が少しでも沢山あるものが良い。」とのことでした。
そうしないと1まで辿りつけないそうです。
1から逆算して0.001のスタートだと何とかできるという考え方が、製造業でふさわしいのかもしれませんね。
物作りをする会社は0からスタートしていないというのが、分かったのでした。